ちゃんと適当に

ゼミに入ってから当分の間、ちゃんと適当に生きるのが目標だった。

この「ちゃんと」は「生きる」を修飾する、適当と同列の「ちゃんと」でなくて、「適当」を修飾してる「ちゃんと」。

生きるっていう動詞にするから面倒なことになる。適当するというのをつくることにする。

ちゃんと適当するのが目標だった。

そして最近はそれが上手くできている。

他の人の事情や社会の流れに左右されずに生きれてる。適当できている。

慣れによるものと、諸々の鬱陶しい自己嫌悪イベントを潜ったことによるものが大きいと思うけれど、

この安定した、適当した状態がなんだか久しぶりというか初めてなので、この感覚を自分のものにできるようにしたい。

どうせすぐいろんなこと起きる。

それに揺すられないように、芯を持った適当を確立できるようにしよう。

なんかこう、奥の方のことで書きすぎて、小2の日記みたいになったけど。

この丁度いい、ちゃんとした適当が一番自分の安定に繋がる気がするので、その感覚をメモ。